2021年5月13日木曜日

84才の義母を介護し〜12年間


スポーツマンの義父が54才の時に脳血栓で倒れ、
体が不自由になりました。
当時義母は50才。

義父が86才で他界するまで、ひたすら支え、、、
義父が亡くなって3年後、
一人暮らしは寂しいからと、九州から私共のところへ。


夫、曰く3年位我慢かな〜〜(!!)


義母はそれから12年こちらで暮らし、
96才で他界しました。

義父母が眠る霊園の一角



義母との暮らし その1

『壊れる』

乱暴な・・・と思われるかもしれませんが、

人は老いて、どんなに気丈な人でも" 壊れて "行きます。


   『壊れる』(←私なりの解釈です)

   ◆腕、肩が衰え着替えが自分でできなくなる。

   ◆手足の爪を自分で切れなくなる。

   ◆運動不足、食事が変わって行くので、排泄問題もいろいろ...
    当然かかりつけのお医者さんからの指示を頂きながらの介護生活。
     下の世話は本当に厳しいものでした。

   ◆食事は常にやわらかな物で・・・咀嚼、嚥下問題もいろいろ...
    義母は白内障の手術と数年後、胆管癌で入院。
     術後の自宅での養生は水分の量と食事など管理が大変でした。
     かぼちゃのプリン、バナナ入りのスポンジケーキなどよく作り、
     食事は常に食べやすいものを...小さくカットしていました。



私は、肩、腕の痛みがひどくなり、包丁も持てなくなり、

義母の夜中のトイレの回数が増えたこともあって不眠症に...

(現在も不眠症で通院しています(体調管理も含め))

そして私自身が介護出来なくなり、

義母は亡くなる2年ほど前には特別養護老人ホームへ...

短期間ずつでしたが入所をしました。




義母との暮らし その2

『手すり』

玄関のドア脇に手すりを取り付け、
部屋から出て他の部屋へ行く壁にも。

玄関ドア脇↓       廊下にも

   



義母との暮らし その3

『お風呂』と『トイレ』


同居後4年を経て更に改装し、
お風呂の中に2箇所の手すりと掴める取っ手をつけました。

  お風呂に2箇所↓        トイレには1箇所↓ 

    

→お風呂の時は湯船の中で身体を洗い流して温めて、
バスローブで包んでおりました。





義母との暮らし その4

57年前のこと』


結婚後、最初の試練がありました。
夜の10時に「父が倒れ入院した!」と電報が。

私達の結婚式から2週間目の事です。
夫は近くの公衆電話から会社で使っていたタクシー会社へ電話し、
ハイヤーで静岡の実家へ。

到着した時は朝の4時頃でした。
                
           
義父は静岡県内の会社勤めで社宅が与えられていましたから
定年1年を残して退社し、
義母は親戚縁者を頼って九州での暮らしを選択。

右半身が不自由な義父の面倒を見ながらの32年でした。

夫は長男なので、後々のこと(同居?)も考えて、
今の古い3LDKの家を購入する
上り下りに便利な1階を選んだようです。



義母との暮らし その5

『義母


夫も認める、元々優しい義母ではありませんでしたが、
余計な事は話さず、九州の自宅は全て長男の夫に任せ、
私が用意した、食事、ケーキなど、喜んで食べてくれた義母、、
とっても綺麗好きで、私は義母の足元にも及びません・・・
孫が受け継いでいるようです(笑)

私達が義母の為に...と思って工夫してきた事〜〜

それが・・・

今、自分達が必要で、助かっています!

更に足腰はできる限り運動(部屋で)!

ですね。。。


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