2022年1月8日土曜日

この家、床の間がないの!?(驚かれたのです)



昭和39年、横浜市、磯子プリンスの側、
神奈川県公社が都市計画でベットタウン
を建設しました。運良く入居でき、
当時、夢の2DK、団地生活でした。

母と、新居の準備で
北九州から数日滞在した時のことでした。

母の最初の言葉
『あら、ここって床の間が無いわね??』


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昭和30年〜
北九州で生活していた時代の家。
小さな家でしたがそれでも、床の間
内風呂はあって、親戚の家族も同居
していました。

その次の家では、兄たちは其々
自立で、父母と3人の暮らしでした。

父が退職後の生活の為に
数軒持っていた長屋の一軒に
越しました。
(明治生まれの父、年金での生活は確立
されて無かった時代だったと思います)

長屋の写真

全く同じではありませんが、昭和30年頃、
こんな雰囲気が多くありました。

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小さな長屋に床の間
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1階の離れの4畳半をお風呂場に改築して 
越したのは私が、10歳の頃の事です。

勉強部屋は2階で3畳ほどの板の間、
本棚が作られ、壁は白いペンキで仕上げ
私の小さな、お城だったのです。

兄のお下がりの机と、スタンドはクリスタル
ガラスで、電球でした。

偶に、近所の方を我が家のお風呂に
お誘いをしていましたから、
お互い様の暮らしだったと思います。

床の間、玄関に必ずお花が
生けられ、母は掛け軸を掛け替える時
楽しそうに選んでいました。
(父より母が大きくて、自分で変えて
いたのです、、思い出すととっても
可笑しい=笑)

週に1、2度お花が届けられ、
そのお花屋さんは、同級生の家が
営んでいたお花屋さんでした。
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  数十年後・・・
義母との同居で和室にした部屋
下り天井にして、床の間でした。
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普段は帛紗の上に香炉を置いています


やっと茶室紛いで隣は仏壇置きに
作っていただきました。

 玄関にも、松、南天・・・
2022年、正月
細やかに生けました。







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