2021年7月19日月曜日

夫からのクレーム(笑)法事の文章で。



昨日投稿した私の文章を読んだ夫から、
義父のお骨の説明の部分で、クレームです、、、

「九州からそのまま移動して霊園に納骨したわけではない。
分骨で代々の九州の墓に祖先と共に眠っているんだ」と。
そうなんです。義父は半分九州でした
(苦笑)



中津城


夫の実家は九州中津にありました。

義父のお骨を分骨をするためお寺さんにお願いし、
お経を上げ、石屋さんにお墓を開けてもらい。
持っていった骨壷に分骨しました。
その後、義母や娘たちと、共に静岡の霊園で
納骨式の法要を行いました。





中津はもともと城下町

中津城は、NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』の
主人公・黒田官兵衛が
1588年に築城し、
 1602年、細川忠興が完成させました。
その後、1632年〜
幕末まで小笠原氏が
藩主となり中津城を居城としました。
戦後1964年には旧藩主奥平家が中心となり、
市民らの寄付を合わせて、模擬天守が建造
されました。



福沢諭吉居

福沢諭吉は大阪市にあった中津藩の蔵屋敷で生まれ、
父の死去で中津に帰藩、白石照山に儒学を学び
その後、長崎に行き蘭学を学びました。


中津祇園

京都の八坂神社『祇園祭』と同じ系統のお祭り。
中津10万石の欠かせないお祭り
として、580年前の昔から行われてきました。


耶馬溪

青の洞門

大正8年に発表された『恩讐の彼方に』
菊池寛は山国川沿いにあった交通の難所に
『青の洞門』を開削した、実在の僧で“禅海
史実を取材し小説にしましたが、作中では
『青の洞門』の名前は用いられていません。

小説では主人公の僧が独力で掘り続けた
とありますが、実際は“禅海が托鉢勧進によって
掘削資金を集め、石工を雇い、ノミと槌でだけで
30年の歳月をかけ、掘り抜いたと伝えられています。

耶馬溪のこの場所は、数回行きました。
秋の紅葉シーズンは格別に美しい処です。


娘が贈ってくれた紫陽花
庭でやっと花を付けました


我が家のいつもの行き違い夫婦の事情〜
懐かしい中津の思い出話でした。
お付き合いありがとうございました。




ブログランキングに参加しています。
↓画像をクリックして応援してくださると嬉しいです!