2022年1月10日月曜日

友人の『アートな・カレンダー』・悩ましい問題

何処のお宅にもある
『カレンダー』のお話ですが・・

年末に
毎年、美しいカレンダーを長年
頂くのが習慣になっています。

友人(Bさん)は趣味の域から〜
アーティストになって色々
活動が広がりました。

最初は・・彼女の背中を押して
センスも良いし、是非にと数人の
仲間と応援で、彼女がリースの展示会を
開くと遠くまで、必ず行きました。


最初の頃カレンダーは
1冊2000円位でしたから
友人の中には、彼女の為?に、
数百円負担してまで、
売ってあげる人もいたのです。

この方法、私は反対でした。
Bさんに返って迷惑な事と思ったのです。

お花のリース展は大人気で、2万円弱の
高額なリースが次々と売約になって
 彼女の趣味は、大成功でした。

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Bさんのカレンダーの説明
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壁にかけるアート作品の写真カレンダー。
その為、紙の素材が良いので重いのです。
日付は薄いアートな数字です。

以前、娘達用に2冊用意した時、
娘達から部屋に合わないし、高額で
自分たちの為だったら、買わないでと
断られました(苦笑)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『今年は何冊?いるの?』と
言われる事もあって、女子会の
友人にプレゼントしたり・・・なのですが、
コロナ禍で友人とも会えないこの2年、
ちょっと悩ましく思うカレンダーに
なりました。

(Bさんから頂いた庭の百合)

昨年は、お花の好きな
若い方にプレゼントでした(苦笑)

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今では100均でもおしゃれなものが売っていて
これで十分間に合いますよね。


毎年長女が送ってくれる、
取引先の銀行の名前が入っているカレンダー、
文字も大きく、分かりやすく
年末にどっさり届きました。

色々な物と一緒に・笑




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2022年1月9日日曜日

いじわるばあさんの私◆どんと焼き◆和太鼓の演奏◆


どんと焼き


このコミュニティの自治会主催で
毎年続けてきた行事ですが
昨年は中止でした。


プラや、ビニールの部分は取って
煙っている火にくべました。


和太鼓の演奏
力強い和太鼓とリズム!
やはり、お正月に相応しい行事です。


コロナ禍なので、以前ほどの人では
ありませんが。
今こうしてPCに向かっていても
まだ、演奏が続いています。

和太鼓の響に誘われて
スマホを持って行きました。
ご近所の皆様と
久々のご挨拶が出来たのです。


梯子車→救急車で運ばれたKさんは、
ご主人様が支え、椅子に座って
いらっしゃって、
ちょっと、お元気そうな感じでした。
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以前、読書仲間の友人で、
8月にアップした
乗馬趣味の友人にも
あら〜まあ〜と(笑)
オシャレに、帽子を横に被って
どんと焼き・・(笑)

又々、私、『いじわる ばあさんです』

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以前、読書会の時代、各家で本の選本を 
していました。
同じ敷地内で、ほぼ同じ間取りの
リビングに
ドガの名画『裸のマハ』が掛かっていて
ちょっと、びっくり!したのです。


どなたでも知っている名画・・
当時、そのお宅も我が家も
子供達は中学生位でした。
名画とはいえリビングにこの絵画!?

この絵画は物議を醸した作品と
言われ(周知の事ですが)
後に着衣のマハも同じ依頼者
 ↓ から描かれていますね。

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小さなコミュニティです、今は
マスクを付けての生活
お話もそこそこで・帰宅しました。




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2022年1月8日土曜日

この家、床の間がないの!?(驚かれたのです)



昭和39年、横浜市、磯子プリンスの側、
神奈川県公社が都市計画でベットタウン
を建設しました。運良く入居でき、
当時、夢の2DK、団地生活でした。

母と、新居の準備で
北九州から数日滞在した時のことでした。

母の最初の言葉
『あら、ここって床の間が無いわね??』


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昭和30年〜
北九州で生活していた時代の家。
小さな家でしたがそれでも、床の間
内風呂はあって、親戚の家族も同居
していました。

その次の家では、兄たちは其々
自立で、父母と3人の暮らしでした。

父が退職後の生活の為に
数軒持っていた長屋の一軒に
越しました。
(明治生まれの父、年金での生活は確立
されて無かった時代だったと思います)

長屋の写真

全く同じではありませんが、昭和30年頃、
こんな雰囲気が多くありました。

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小さな長屋に床の間
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1階の離れの4畳半をお風呂場に改築して 
越したのは私が、10歳の頃の事です。

勉強部屋は2階で3畳ほどの板の間、
本棚が作られ、壁は白いペンキで仕上げ
私の小さな、お城だったのです。

兄のお下がりの机と、スタンドはクリスタル
ガラスで、電球でした。

偶に、近所の方を我が家のお風呂に
お誘いをしていましたから、
お互い様の暮らしだったと思います。

床の間、玄関に必ずお花が
生けられ、母は掛け軸を掛け替える時
楽しそうに選んでいました。
(父より母が大きくて、自分で変えて
いたのです、、思い出すととっても
可笑しい=笑)

週に1、2度お花が届けられ、
そのお花屋さんは、同級生の家が
営んでいたお花屋さんでした。
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  数十年後・・・
義母との同居で和室にした部屋
下り天井にして、床の間でした。
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普段は帛紗の上に香炉を置いています


やっと茶室紛いで隣は仏壇置きに
作っていただきました。

 玄関にも、松、南天・・・
2022年、正月
細やかに生けました。







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2022年1月7日金曜日

断った年賀状なのに・・◆嫌みな私?◆七草?がゆ




ここ数年、友人との距離感で70歳から
毎年、年賀状の末尾に
“多くの思い出を〜
ありがとうございました”的な言葉で、
お断りを数回重ねてきました。

それでも、やや20枚弱の年賀状を
全く身近な友人だけに、
近況も兼ねて細々と文章を
手書きし、好みのイラストを入れます。
一昨年までは極細筆ペンで、昨年はゲル状
インクのボールペンで、長く続いた友人
知人の縁を想いつつ、書きました。


 頂く年賀状ですが・・・
一応ご挨拶で、プリントに一言
お会いしましょう〜の形が多く
若い頃はそれでもお付き合いですから
良かったのです。


コロナウイルス感染!、、の影響でしょうか?
途絶えていた年賀状が数枚、
復活!?でした。

そしてプリントの常套句の最後に
書いてあった『お会いしましょう』の文字。
(深い意味はなく、何となくの賀状
だったのでしょう)

終わった年賀状のお付き合い・・・
お会いしたくない方からのもありました。
(嫌みな私、かもしれません・笑)
2枚は寒中見舞いでお断りを
させて頂くつもりです。
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今日は七草がゆ、
なずな、仏のざ、ごぎょう、はこべ等の
変わりにセリ科の三つ葉を沢山入れ、
白菜、すずな(蕪)
すずしろ(大根)を昨夜、用意。
冷凍のシラスがありましたから
 それも使用・・・


土鍋は重く、手軽なお鍋で作りました。
朝食、残りも昼食でお粥でした(笑)




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2022年1月6日木曜日

お正月の話題・古い家どうする?◆お風呂の電源が!?年末の事


お正月に、娘達から気になる
『古い家』が話題になったのです。


長女が気になっている『田舎の家』

九州の実家は家賃で、古い家の
改修その他の維持費を賄っています。

長女は『お父さんが元気な内に田舎の
家を何とかしたら?』という考え。
正直財産的価値は殆どなく、
                 相続で・・
九州まで往復の時間や費用等と相続
の手続きを気にしているから
だと思います(苦笑)


細やかですが、土地を手放せない夫の
気持ちも分かるのです。
自分達がどうにもならなくなって、
その後、娘達へまかせたい・・と思って
いるようです。
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長女夫婦は、お母様が高齢者住宅に入居後
残された家の整理ナドナド、まだ終わって
 いないようですから・悩みは続きます(苦笑)


この古い集合住宅の2軒の維持も
大変になってきました。
今回次女が11月から、義母の
法要の為でしたが、
自分の仕事の都合やコロナウイルス
感染状況で滞在が延期。
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年末29日お風呂の電源が入らない?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜^^
午前中、次女が困って1階の家に
相談に来ました。
直ぐに東京ガスに連絡、2時間後
検査で、来てくれたのです。
私達は給湯器の取り替えを心配して
いましたが、分かりにくい場所に
給湯器のブレーカーがあって、
洗面所の家具で若干触って作動し、
電源が入らなかったようでした。


この建物は古く、、水漏れの問題が
よくあって、10数年位前にユニットバス
にしましたが、給湯器だけを取り替える
のには、ユニットバスのメーカーで
湯船の脱着をしないと、給湯器だけを
取り替える事ができません。

ガス器具のメーカーは10年を目安に
取り替えを推めています(ネット情報)

費用は掛かりますが・・春頃『TOTO』へ
連絡して相談の予定です・・
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
残して良いのは、正直預金ですね(笑)
残せそうにありません・・



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2022年1月4日火曜日

義母が堂々と、つまみ食い!?◆夫からのクレーム、覚悟です(笑)



2022年のお正月
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
義母との同居の前まで
長年、九州でお正月を迎える事が
多かったのです。


年末、義妹(大阪)義弟(静岡)も
一緒で大家族でしたが、、義母は全員の
寝具の用意もし、義弟は洋間の
ソファがベッドで、何とか困らない
程度で、其々過ごしました。

子供達も、親戚と久々の再会で賑やかな
数日を楽しんでいたように
記憶しています。

キッチンで義母、義妹と一緒に
お節の用意をいていた時の事。
車海老を下茹でしていた、
その時です・・・


『今が一番美味しいのよ!』と車海老が
 義母の口へ入っていったのです・・

えっ!?お料理の途中で一尾食べるの?
味見で、少し切って私や妹へも
どうかしら、、は分かりますが
そうではないのです!

誰よりも一番先に『特権』の様な
義母の堂々としたつまみ食い、、、
その時の私は、何と大らかな義母!
と、思ったのです。

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後々同居をし、義母のマイペース
ぶりには驚く事ばかり。
はっきり言うと、まぁ自分中心(笑)
夕食の前に甘いもの等、
 食べたい時に食べたい物を、
食べる方だったのです(笑)

習慣や違う環境で育ち、
生活を共にする夫婦もそうですが
驚く事は今も変わらずあります。
『えっ?こんなだった!?』
お互い様かもしれませんが・・笑


次女の夫はアルゼンチン国籍、
次女は日本国籍、
長女夫婦、私達夫婦、日本国籍
なのですが・・
国籍はそれ程関係なく、一人一人
大きく違い、行き違いが絶えません。

今年も、なるべく絆を保ちつつ
 過ごしたいと思います(笑)




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2022年1月1日土曜日

付けで買っていた本・・◆『ジュニアそれいゆ』短い期間でした。


ジュニアそれいゆ
昭和29年〜35年)

父の会社名と名前で
自由に本を付けで買う事が許されたのは
高校生になってからでした。

元々、母に連れられ謡曲『謡本』の為に
纏めて注文をしていましたから、
月末に母が支払いに寄っていた書店でした。


下の写真の帯にある、
文庫本の★マーク(星印)
一つ30円か40円?だったと思います。


岩波文庫『源氏物語』
島津久基(校訂者)
昭和30年に発行
(これは星が3つです)

下側の源氏物語は角川書店
昭和29年発行
(これには★がついていません)
与謝野晶子 譯 ¥ 70


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『ジュニアそれいゆ』
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中原淳一が、昭和30年代〜女性雑誌を
デザイン、プロデュース、編集者も兼ね
『ひまわり社』から出版された
若い女性の為の本でした。

フッション、手芸、お花のアレンジ、
随筆、物語、話題など
 楽しい雑誌で、母の勧めで読んでいました。
確か1冊180円位だったと思います。

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ひまわり・それいゆ・ジュニアそれいゆ
短い期間でした
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
1960年、中原淳一が病で長い療養生活。
廃刊になったのです。
海外のフッションを取り入れ
当時まだ珍しかった、
パッチワークで作ったスカートなど・・・


少女から〜少し女性に〜の短い期間、
中学生ぐらいから高校1、2年位まで
だったように思います。

多感な年頃ですから
影響は大きかったのかも・・・
思います。

ネットで見つけて懐かしく、
記憶を辿る旅をしました。
今日もお付き合いありがとうございます。


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新年、明けましておめでとうございます。


2022年 迎春
『高砂』

ブログを始めてまだ一年も経って
おりませんが、私のつたない文章を
読んでくださっている方がいる、
その実感だけで、とても嬉しく
ありがたい気持ちでいっぱいです。


 年齢は十分(笑)でも、まだまだ未熟です。
今年も気力が続く限り、
書いていきたいと思っております。


和布刈神社(めかりじんじゃ)
北九州市、門司港です
この神社から、すぐに本州です。
1000年以上の歴史ある神社。


若い頃、友人とお参り後〜


友人と行った栄町銀天街

この商店街の中に『小菊堂』という
小さな甘味処があって、
友達数人と、お汁粉を頂き
お喋りをしました。

思い出を辿る事が多く、どなたも其々
の青春、楽しい思い出、辛い事・・

ブログ村を通して、長く投稿されて
いらっしゃる方々の文章を
拝読し、お人柄を想像するのも
楽しみの一つになっています。


今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。





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